――『lain』は、ネット社会やリアルでの、人と人との「繋がり」に関する考察をテーマにしていますね。
小中 そこなんですが、一昨年、新しく出来た東大の神道研究のパネル・ディスカッションに招かれまして。そのとき参加していた、別の大学の女子大生が「lain」を見てくれていたんです。大好きで、ムック本も買ってくれたそうなんですが、私がインタビューか何かで「人は結局繋がっていないんだよ」と言っていた、ってことについて聞かれまして。正直なところ、覚えてないんですけど、彼女はそれが引っかかっていて、「どういうことなんですか?」と問い詰められました。覚えてないから、「斜に構えて言ったんじゃないかな」って答えたんですけど、最後に本にサインして渡すときに、「ごめんなさい、やっぱり繋がってます」とお答えしました(笑)。つまり、「lain」はドラマの質感としては、「繋がってるんだ」っていう安心感で終わる作品じゃない。もちろん、繋がるところもあるんですけど、根底にあるのは”個人”です。孤独と戦わないといけない、現実と折り合いをつけていかないといけないだろう、という内容なんですよ。だから、(そのインタビューで)そういうような言い方をしちゃったのかなと思います。当時中学生の女子が『lain』を見るなよって話なんだけど(笑)、彼女がそのことをトラウマのように思っていたのなら、うかつにカッコつけたこと言っちゃいけないなって思いましたね。
――同じ「繋がっている」と言うにしても、一度まず「繋がっていない個人」を経由した上で、やはり「繋がっている」……とする考え方は、あっていいはずですね。
小中 単なる繋がり=依存でしょう。そういう依存のしかたはよくない、もう少し一人一人のインディビジュアリティ(個人)というのを大事にしようと、とは言いたくなりますね。その意味で、繋がりの一つであるインターネットに描かれていることが決して全部真実ではないんだってことを、この作品ではっきり提示できたのは、ちょっと自慢ですね。