世界開放流

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September 2012

“

まず話の大前提として、政界、とりわけ自民党においてカレーライスは昼食の定番であるということ。定番中の定番。派閥の勉強会などがある木曜日には、どこの派閥もカレーライスをみんなで食べる。

何故そうなったかという理由には諸説あるけども、基本的にはスプーン一本で食べれるその手軽さと、食事にかかる時間が少ないこと。お弁当よりもサッと食べれる。

みのもんたは「カツカレー食べてるとこじゃないと思うんですけどねぇ」と批判したけども、「カレーくらいしか食べるヒマがない」が現実。せめてもの縁起担ぎでカツを乗せてカツカレーにしているという涙ぐましい話がその真相。

”
—カツカレー騒動まとめ - 政界とカレーの関わりなどなど - (旧姓)タケルンバ卿日記 (via mcsgsym)
Sep 30, 2012241 notes
Sep 30, 201217 notes
Sep 30, 201294 notes
“ニーチェは、わかりやすく伝達することの難しさにたいする意識を喚起するのである。難なく理解されることを目標にする、まさにそのことが表現を難しくしてしまう。ジャーナリズムはこの弁証法を誤認している。日常のコミュニケーションがそれを無視するのは今に始まった話ではない。マス・コミュニケーションと社交会話では「人間という存在がいかに複雑であり、自分自身を本当の意味で表現することがどんなに困難をきわめること」かわからない。” —グーテンベルク銀河系の終焉 (via do-nothing)
Sep 30, 201216 notes
“そして近代を生きた二番手の反時代的人間ニーチェは、自らの哲学を「ありとあらゆるジャーナリスティックなものへの対抗理論」として説教しようとした。ニーチェにとって、近代世界の退廃、せわしなさと急襲の快感に酔い痴れる世界は「ジャーナリストといういまわしい存在に」体現されているのである。彼らは「三つのMの奴隷である。瞬間(Moment)と意見(Meinung)と流行(Mode)の奴隷なのだ」。” —グーテンベルク銀河系の終焉 (via do-nothing)
Sep 30, 20129 notes
“未来における最も重要な知的課題は、データをさまざまに処理してゆくうえでのデザインをいかに構築するかにある。社会はいっそう明確な形で、自律的なコミュニケーション・マシーンとしての姿をあらわにする。このマシーンは人間やその意識をたよりにしながらも、そこには還元できない。言語はもはや私たちの存在(いま)を証明する棲み家ではない。この家の素材はアルゴリズムである。” —グーテンベルク銀河系の終焉 (via do-nothing)
Sep 30, 201216 notes
“インターネットも、古いメディアであるテレビも、情報を呪物として、コミュニケーションをカルトとして提供している。トーク番組やチャットルームのことを考えるだけでよい。何が、ではなく、語られている、ということが重用なのだ。「情報をたちどころにあなたのもとへ(Information
at your fingertips)」というキャッチフレーズは、啓発用のプログラムなどではなく、新しいメディア環境での魔法である。最新のカルト的呪文は「双方向性」である。”
—グーテンベルク銀河系の終焉 (via do-nothing)
Sep 30, 201216 notes
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Sep 30, 20121 note
“

自分という生身の人間を、社会という冷たく乾いた世界に対し、生身のままで向き合わせるというのは、つらく厳しい。だから人は、中間共同体というクッションを社会と自分の間に作り、その中間共同体に温かくくるまれることによって、社会との冷酷な対決を避けようとする。

 このような概念で考えると、硫化水素自殺を志向するわずかな数の人たちは、この社会との冷酷な対決に敗北し、その最後のひとときを迎えつつある中で、アマゾンという即物的なショッピングサイトの向こうに「自分と同じ考えを持つ悲しい人たち」の痕跡を見出しているのではないか。

 「私と彼/彼女はなぜつながっているのか」「私はなぜこの情報を読んでいるのか」というこれまで漠然としか認識できなかったさまざまな関係性を、人々に対して徹底的に可視化していく。可視化したうえで、その関係性というメタ情報そのものを、ひとりひとりに対して再集約していく。そうやって「私たちは世界とどう向き合っているのか」という構造を可視化していくと、それは中間共同体を生み出すのと同時に、「実はあなたは世界とこうつながっていくんだよ」というヒントを与え、人の存在論的不安を和らげる効果を持つようになるのではないか。

”
—暗黙共同体へ−秋葉原事件で考える:佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 - CNET Japan
Sep 30, 20128 notes
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