January 2012
“社会生活の中では「借脳」が当たり前である。共同体の中で他の人の考えや知識や知恵をお借りして自分の脳の力を強めてゆく。教室の中でも、教師の脳みそはもちろん、学習共同体の仲間の一人ひとりの脳を借りて、知恵や知識や考え方を真似し理解し自分のものにしてゆく。ここに見られる成果は本人の能力のアップである。状況の改善や共同体の成熟度を上げてゆくという課題でもない。仲間から得た知恵は、党外の共同体の成熟度をアップすることには何ら役に立たない場合もある。学習共同体の場合はほとんどそうである。獲得する能力は卒業後社会に入ってこそ発揮される能力であるかも知れない。それこそが学習のせいかであったりする。”
—ヒトには「借脳」の力がある—独創力の創り方(24): 鐘の声 ブログ (via unclejam)
“
温暖化に関する真実を認識することができないわれわれの政治システムの基本的な問題点について語ったあと、ゴアはこれがはるかに大きな問題の一部に過ぎないのだという。本当の問題はわれわれの政治プロセスに(わたしの表現ではその「腐敗 (corruption)」に)あるのだと。われわれの政府は、強い利益団体にとっての利害が絡むとき、基本的な事実さえ理解することができなくなってしまう。
これはわたしが数々の論争に参加するうちに、とくに知財にかかわる議論でたびたび感じてきたことだ。たとえば著作権保護期間の延長について考えてみよう。政策という視点から見た場合、すでに与えられた著作権をさらに延長するか否かという問いは、ミルトン・フリードマンの言葉を借りれば「バカでもわかる」。英国でGowers Commissionが結論づけたように、政府はすでに作られた作品の著作権を決して延長すべきではない。延長によって課される甚大な死重的損失を正当化できるだけの公的な理由は存在しない。
それでも各国政府は、この愚かな考えをくり返し推し進める。たとえば英国でも日本でも、政府は既存の著作権の延長を検討している。なぜだ?
答えは政治プロセスのある種の腐敗にある。あるいは、政治プロセスの「腐敗」のひとつと呼ぶべきか。贈賄という単純な意味ではない。わたしがいうのは、システムがあまりにもカネの影響に歪められてしまい、著作権保護期間の延長ほど単純明快な問題でさえまともに対処することができなくなっているという意味だ。政治家たちは利益団体が提供できるリソースに飢えている。米国では、資金源の命ずるとおりに動くことが再選を確保する唯一の方法だ。影響力の経済によって、公共政策はつねに理性からドルへとねじ曲げられてしまう。
” —必読:これからの10年:Lessig Blog (JP) - CNET Japan
“「学ぶとは、自分のネットワークの質を最適化することである」”
—「ソーシャルラーニング」入門 ソーシャルメディアがもたらす人と組織の知識革命 - 情報考学 Passion For The Future