日本のテレビドラマはほとんど歌舞伎である。
日本のワイドショーはほとんど歌舞伎である。
日本の新聞も、ほとんど歌舞伎である。
日本の政治は、歌舞伎を知っていれば、ある程度結末が分かる。
日本の経済は、歌舞伎同然である。
ただしプロレスに限っては、ヌンチャクや毒霧殺法を使うものだけが歌舞伎である。
(Reblogged from malmrashede)
「人間は非線形処理のできる最も安価なコンピュータ・システムである。しかも重量は七〇キロ程度しかなく、未熟練の状態から量産することができる」
『機械との競争』エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー(日経BP社)村井章子訳、p54。 (via enjoetoh)
(Reblogged from enjoetoh)

cross-posting:

User Interfaces of Evangelion 3.0

(Reblogged from an-k)
(Reblogged from tbcl)

javaやlinuxは手間がかかる 一人でやるには手間がかかりすぎる 手間がかからないで一人で開発できて
人の多いところで直接販売できる仕組みが提供されているメーカ製言語だけやる ずばりiphone またはC#アプリ

やるならメーカー製の言語 洗練された仕様 脆弱性が少なく 開発ソフトが優れ 課金ライブラリ アップデートライブラリが提供されていて 情報、書籍が多く開発しやすい 奴隷になりたければオープン系をやればいい 手間がかかり 人は多く 仕事の取り合い 足の引っ張り合い 脆弱性が多く 互換性がなく 癖があり 動的で 大規模開発中心 詳細設計しかできない体になって年取ってぽいだ 独立もできない 手間のかかりすぎる技術だから
派遣屋 IT経営者はその方が喜ぶ 使い捨て言語と大規模分割開発では使い捨てても独立はできまい 嫌なら辞めろ 代わりはいくらでもいる ひどいピンハネ 若い派遣営業は舐めた態度をとってくる
動的言語 オープン言語 日本独自開発 言語・フレームワーク ガラパコ携帯 Flash javascript html5 android java linux python rubyやnode.jsとかやめとけ
メディアに金を払ってステマ宣伝してくるが釣られて手を出しても情報は少なく手間がかかり スパゲッティコード 未完成 デスマに陥る コンパイルできないからパクられ 直接売る場所がないから企業に買い叩かれ金にならない 生きていけない奴隷仕様だ

ここから抜け出すにはiPhone一択 またはC#アプリ
Objective-CやC#を覚えるとサーバーサイドからクライアントサイドまでカバーでき人の多い場所でソフトを売る権利を得られる 仕事や趣味でObjective-CやC#をやっておけば派遣切りされても会社辞めることになってもソフトを売って生きていける それはセーフティーネットになる
WEBサーバーIIS Win2008ServerVPS SQLServer Oracle MySql 言語はマーケットで売れるメーカー製のみ C#は自分用業務支援ツールとして使える
例えばPHPでWEBアプリを作っていて管理者画面はC#(EXEアプリ)で作るとかなり早く作れる(Smartyなんか使うよりもかなり早くだ

C#のソースを出さなければWEBアプリの著作権も守れる ASP.net(C#)(Asmx or MVC + Ado.net) +管理EXEアプリ(C#)(WinForms + Ado.net)+iPhone

C#マーケット PlayStation4 Unity Amazon App Stpre Windows8 Metroアプリ WindowsPhone Surface PS Vita iPhone(mono使用)
iPhoneマーケット iPhone iPad 予定 iRadio iWatch iTv iCar i (家電製品)

使い捨て言語を広めてはならない

勉強会・セミナーに行ってはならない(洗脳されるから)
職務経歴書に書いてはならない(使い捨て言語案件をばかり紹介されるから)
仕事で洗脳されて原理主義になってはいけない(結局食いっぱぐれる)
仕事で提案してはならない(デスマが降りかかる スパゲッティコードが量産される コードが負債になる)
本を買ってはならない(著者が勘違いしてますます書く)
執筆してはならない
オープンソースとして公開してはならない(バットノウハウとして残る 初心者開発者を間違った方向に進んでしまう)
話題にしてはならない(他の人に悪い影響が及ぶ)
記事を読んではならない(PVが増えると記事が増える)
ブログに記事を書いてはならない 書いてしまったらすぐ消す(間違ったものが流行ってしまう)
GitHubにコミットしてはならない(流布してしまう)

(Reblogged from otsune)
(Reblogged from vektroid)
うさぎぃさん病室に戻ろう!!
信仰や盲信を毛嫌いする一方で、強烈な信仰を持っています。この宇宙、全ての生命、全ての興りと滅びをもたらす『時』はいつでも私たちにはたらいています。完全に人智を超越し、ただ受け入れることしかできない『時』の存在を、我々は証明できないのにも関わらず直感で理解します。『時』の御業である老いや死に畏怖を感じながらも、希望として転化させる主体の意識はいつでも我々の一番近いところにいて、常に我々とともにあります。ところが、私は時間の発生原理や存在を客観的に証明することができません。しかも、それにもかかわらず、何故か絶対的な信仰を持っているのです。絶対に時間は存在するということを、まったく根拠なく信じ切っています。誰になんと言われても盲信してしまっていて、時間が存在しないという概念を得ることはこの先、生涯不可能であるとさえ思えます。そして、その神である『時』の意志である変化、物理法則はバイブルとなって、絶対的な信仰の対象になってしまっています。 絶対的に意味を付与したのであれば、神の存在は不必要であるように思えます。
オカルトと呼ばれる超常現象のひとつに念力という概念があります。自分の念を送り込むことによって対象物を動かしたり、自分の念を送り込むことによって物理的エネルギーを発生させて対象物を動かすということらしいです。いずれにしても、意思や思念というような、物理法則の枠組みで記述できないものが突如として、物理世界に介入し、物理法則に反する動きのトリガとなる、という意味では同じことだと思っています。 人間の意思や思念などが、脳や手足という物質の内部における物理的状態を変化させる(例えばニューロン発火やそれに伴う身体のコントロールなど)というのは、念力に当たると思います。エネルギー的に無である『意思』や『思念』などが(脳という)物理世界に介入してくるとするならば、脳という物質内において『既存の物理法則に照らし合わせて不自然な振る舞い』が発見されねばならないと考えます。 すると、司法が改悛の情を認めたり、情状を鑑みたりするのはおかしいのではないか、と思うようになりました。そして、脳神経の働きに関する文献やデカルトからチャーマーズあたりまでの本を読みましたが、『心は体を動かせない』という証拠はいくらでもある反面、『心は体を動かせる』という証拠である念力の確認はただの一つもないというのが実情のようです。 地動説も進化論も証明されていませんが、説得力のある反証を欠くことから次第に事実として世に膾炙していったというプロセスを考えれば、実験結果の圧倒的な偏りに関して『人間の思念は物理世界に干渉することはできない』ということは、ほぼ確実と思われるほどです。 殺人を犯した人は、その時の物理的な環境下に於いて、殺人を犯すしか仕方ない物理的状態になっていたために必然的に殺人を犯したのであって、意識や意思が念力によって体を動かせるのであればまだしも、情状や改悛の情は司法判断の考慮に用いる対象としてそぐわない感じがしてしまうのです。 ところが、それでも私は自分の体を自分の意志で動かすことができるような気になることがあります。その一方で、そんなオカルトがあってたまるか、と感じることもあるのです。自分で自分の思考がよくわからないのです。精神分裂症というのはこういうことでしょうか?自分が二つに分かれているような気分です。 そういった話をすると、病院に行ったほうが良いなどと言われます。私自身も、自分が自分の体を動かせると感じるのも異常であるように思えますし、動かせないと考えるのも異常のような気がします。なにより、どっちも信じているのに、どちらも許しがたいなどということ自体が強く異常を感じさせます。動かせると感じているときは『自分の体が自分で動かせないなんて絶対にありえない!』と感じています。逆に、動かせないと感じているときは、『自分の意志などという霊的なものが、非物質の世界から脳にニューロン発火を強制したり物理法則の捻じ曲げるなど絶対にありえない!物理的にありえないことはあり得ないんだ!』と感じています。それぞれ、逆の考え方をものすごく嫌います。

 SFに出てくるハッカーは大変かっこよく描かれていた。『ニューロマンサー』のケイス。『スノウ・クラッシュ』のヒロ。『攻殻機動隊』の笑い男。そういやマトリックスのネオもハッカーやってたな。フィクションの中の彼らは様々な形でコンピュータに侵入し、不可能と思われる計画と次々と実行してきた。

 だが、現実はどうだ。最近ではネット上で犯罪予告を行ったハッカーが、猫カフェに入ってるところを写真にばっちり取られ、「ゆうちゃん」呼ばわりされて嘲笑の的である。ハッカーのかっこいいイメージは払拭され単なるオタク扱いである。あと、あの事件に関しては容疑者よりも警察やマスコミのやっていることの方がよっぽどSFっぽい。

 閑話休題。そうしたインターネットやコンピュータが日常化した中で、「ネットとかに詳しい人ってやっぱり……」と皆が薄々気づき始めた時、そうした存在をモテない男子として思いっきり戯画化したのが、『ルサンチマン』なのである。

 ネット上では伝説級の存在として一目置かれているラインハルトさんが、現実ではただの無職童貞のキモオタとして描かれる現実! 「やっぱ一日中ネットに接続してる奴なんてろくな奴がおらんかったんや! サイバーパンクなんて幻想やったんや!」

星・小松・筒井の大御所三人はやや古びているし、円城塔は「ふぇぇん、難しくて何を書いてるかわからないよぉ……」枠に入っているし、仮に相手が読んでおらず、こちらが有利なポジションを取ったかに見えても「それってどんな話?」の一言でこちら側が即座に詰んでしまうので避けたい。宮内悠介は直木賞候補になっちゃうし、伊藤計劃も「大学読書人大賞」になってしまったので、にわか扱いされそうなので嫌だ。神林長平は新作も書いてるし雪風もハリウッドで映画化だし、傑作も多数だがそれだけに根強いファンが多いので、下手に手を出すと返り討ちにあってしまう。似た理由で山田正紀も却下。そんないろいろと面倒くさい心配をしている貴方のための長谷敏司である。
(Reblogged from kynbit)